競輪選手時代、お二人はどのような関係でしたか?

僕がプロになる時は永田さんはバリバリの現役選手でした。11期違う。(11期というのは)年の差じゃないですよ。(笑)

年は4歳違うね。

一緒に戦った思い出はありますか?

残念ながらレースでは一緒に走った事はないんですよ。

練習はありますね。師匠が一緒ですから。兄弟子、弟弟子の関係になります。私が師匠の一番弟子なんですよ。
ちょうど、一番練習して強くなっていく時期やったからですね、うちの師匠が練習をつけてやれと言ってですね、その時は他の同期もいましたしプロをめざしてたり弟弟子とアマチュアとで7~8人いたかな。それで一緒に練習するようになったとですよ。
もう嫌というぐらい厳しくしてましたよ。俺の顔見れば逃げたくなるぐらい。(笑)

怖い先輩だったんですか?今の優しい雰囲気とはちがいますね。

本当に全然違いますね。当時は怖いという感じとも違ったり。鬼教官って感じですよ。

そうね、鬼軍曹って感じかな。

死ぬまでやるぞって感じ。

当時は練習は早朝から、遅いときは19時ぐらいまで。
昼休みは少し自由をあたえよったけど、まぁ、極端な話、昼飯も夜飯も連れて行ってた。飯をあまり食べられない選手にも無理やり食わせよったし、俺は好き嫌いないから、好き嫌い許さなかったね。食べるまで。多分地獄やったと思うよ。

やっぱり体を大きくするには食べないといけないから、それも選手としてやっていく上でのトレーニングですもんね。

今はどうかわからないけど、昔はプロテストに受かるのは10人中1人しかいなかったからね。一次試験、二次試験があって、年に2回、春と秋に受験できた。

競争率は10倍以上ありましたもんね。
春の試験に落ちたら、また秋まで練習漬けだから地獄ですよ。ただそうやって選手になる土台を作っていくってことになりますね。

一番印象に残っているレースは?

自分が走ったレースでは一番最初に出場したのと・・・やっぱり最後の転倒したレースですね(笑)

優勝したレースではないんですね?

優勝したら賞金も貰えますし一瞬は嬉しいんですけど、帰路に着く頃には次のレースの事を考えているんですよ。次のレースをどう戦うかとか。
次のレースに自分より格上の選手がいたら、ましてや、相手の地元だとアウェーで戦う訳ですから。ただ競輪は単純じゃないからですね、レースの展開を予想して色々と考えますね。なので、すぐに勝った印象が薄れていくんですよ。

自分なら優勝したらそれで大満足してしまいます。勝ってなお次を目指すメンタルの持久力はどこから湧き上がるのですか?

やっぱり同じ事を繰り返しやってきた、積み重ねて作っていった土台があったからこそだと思います。あと、仲間の存在も大きいです。練習仲間が頑張って努力して結果を出していたら、自分もやってやるって気持ちになってましたから自然と身についていった感じです。もちろんやらなくなっていく選手もいます。
相当追い込んで練習してましたから。ただ最後までやってた選手は重賞レースに出るような選手ばかりになりましたね。

体格によってトレーニングのやり方は違うものなのですか?

自転車の世界は少し特殊で、体が大きいからといって必ずしも腕力や脚力が強いかと言うと、そうでも無かったりするんですよ。なので体格で一緒くたにはできないね。

体格というか、色々なタイプの脚質がありますね。持久力がある人もいれば、スプリンター系の人がいるんですよ。僕はダッシュ(スプリンター)系ですね。永田さんもですよね?

どっちかというとダッシュ系だね。

レースのクラスがあるんですけど、上位クラスに行くほど当然色々な要素が必要になってきますね。

選手になってからはどんなトレーニング、またケアをされてましたか?

パターンとしては午前中道路に出て山を登ったり、午後からは競輪場が多かったですね。基本的な事と、あと独自の物もありましたね。時代時代でメニューも変えていきました。年齢の衰えで変えたり、自転車以外のトレーニング・ケアを取り入れたり。
進化していくには新しい物事にいかに適応出来るかも大事ですね。

年を重ねていくと、やはり限界を感じたりしましたか?

常に「限界はもう少し上!」と思いトレーニングをするけど、やはり体の衰えは感じるね。

衰えを感じた時の、その後のメンタルのコントロールは難しくないですか?

競輪はただ若くて早いだけでも勝てないんですよ。心理戦もあり、経験で培ったテクニックも大事な武器なので。

選手時代に整骨院には行かれてましたか?

怪我したらもちろんの事、レースの前の日に体を整えるために行ってましたね。

周りの選手が実際通っている整骨院の情報を聞いて、「あそこが良い」と聞けば自分も行って、自分にあう整骨院を探してました。

選手間で情報交換をされているんですね。

競輪選手は全国のレース場を回ってレースをしているんですよ。そうすると、色々情報が入ってきますね。
マッサージクリームだったり、サプリメント、ウェアとかもですね。

今はネットで簡単に情報が入ってくるので便利ですよね。

そうですね。しかしその分、それに見合うからだの基礎が出来ているか心配になりますね。

スタートから情報が豊富な環境が本当に良いのかどうかですよね。

基礎と言うか土台が大事ですよね。カメラの脚立と一緒ですよ。土台がしっかりしてないと倒れてしまいますよね。強くても。
ちょっとくじけたら、ポトッと倒れてしまいますよね。そういう子が今多い。何でも基本がしっかりしてないといけないじゃないですか。
今は色々な情報が入ってくるので、強い選手がこんなトレーニングをやってると聞くと直ぐに飛びつきがちなんですよね。強い選手は、土台を積み重ねてきた上に、色々なトレーナー、他のスポーツの要素を取り入れて自分で実践して初めて結果につながっている。
それを聞いて土台も出来ていない選手がいきなりそのトレーニングをやっても同じ効果は・・・中々得られないですよね。
良いとこ取りをすると一瞬良かったりするけど、ボトッとなってしまう子も多いと思いますね。

院長自身がプロの世界を経験されているので、アスリートの患者さんの相談に乗ったり、濃いアドバイスができたりと強みがあるんじゃないですか?

そうですね。多少ですけど。ただあんまりこう、言い過ぎるのもですね。
甲子園目指している子もいるんですけど、ちょっと違うかなと思ってもあんまり言い過ぎるのもですね・・・。
その子はそれを信じてやっているので、できることはアドバイス的な感じですね。あまり深いところまで言うと嫌がる方もいますからね。
永田さんと私の関係だったら、何を言われても素直に聞けるんですけど、私と患者さんとだと、またちょっと違ったりしますので。

逆に患者さんから色々聞いてこられると良いけどね。

そうですね。

現役を引退されて、お二人に体格の変化はありましたか?

僕は一回り小さくなって、永田さんは二周り小さくなりましたね。

永田さんは現役時代、村田院長が将来整骨院を開業されると思っていましたか?

イメージは無かったですかね。特に20代30代の時に次に何をやるかとか、ほとんどの選手が考えてなかったと思いますね。

永田さんは大怪我をされて現在、整骨院バランスに通院されているとお聞きしました。

5年半ぐらい前ですね。富山のレースで。自分が外側を走っていて、仕掛けようと思ってたんですよ。前に走っている選手達が競り合ってて、その選手が外に膨らんで来て、相手のペダルが自分の前輪に入って顔面から地面に落ちました。

昔は体の接触が多かったイメージがあります。

競りの事ですね。

まぁ、昔はすごかったですよ。何十回ってこけてます。自分がデビューした頃の昭和の時代は、鎖骨を折って一人前と当時の先輩に言われてましたね(笑)
普通の人からしたら鎖骨を骨折するって中々の大怪我ですもんね。

通院の頻度はどれくらいですか?

週に2回来ていただいてますね。大体強張る所があるので、まずそこをほぐしていく感じですね。施術はマッサージ15分、電気15分の30分で、首周りが痛いときは上半身を、ふくらはぎが痛い時は下半身を中心にといった感じです。

元々自分は選手の中でも体は硬かったんですよ。筋肉はわりかし柔らかかったですけど。怪我をしてからは、全く曲がらなくなりましたね。1つの怪我で障害がいくつか出ているんですよ。事故後はいつもの怪我とは違うかなと思っていたけど、障害が出るとは思ってなかったですね。施術した後はほぐれて本当に良い感じですね。

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